【ほろ酔い瞑想】家づくりのいま忘れている心

【ほろ酔い瞑想】家づくりのいま忘れている心
今日も暑い一日でしたね❗️
昨日は、日曜日にもかかわらずお客さまから「恐縮ですが…」とご連絡をいただき、現場へ出かけてきました。こうして信頼して声をかけてくださるのは、ありがたいことです。
その後は、午後から前々から気になっていた大阪・関西万博の会場へ。
南側「つながりの海(ウォータープラザ外)」の上空では、夜21時から約10分間、光のドローンショーが開催されていました。
夕暮れの浜風に吹かれながら、夜空を彩るドローンの軌跡を眺めていると、まるで未来の花火のよう。
海上に花のように灯る光が、観る人の心にそっと寄り添ってくれるようでした。

テクノロジーと芸術が融合した、美しく、静かで、力強い演出。
しばし、日常を忘れさせてくれる時間でした。
万博「日本館」からの気づき
さて、この日のもうひとつの目的は万博「日本館」。
午後7時からの公開枠にうまく滑り込み、
運よく観覧でき、終わってから「ほかほか亭」のチキン南蛮と缶ビールで一息ついて家路です。
さて、テーマは「循環」「共生」「無駄のない命の在り方」。
とくに印象に残ったのは以下のような展示でした:
- 微生物や藻類が、光や水を循環させる生命のしくみ
- ゴミを「資源」として再生する技術(生ゴミ→メタン菌→電力・水)
- 自然の力を活かし、命が巡る未来の暮らし方
自然との共存、再生可能な暮らし方。
「循環」がキーワードでありながら、押しつけがましくない、静かな展示に深く共感しました。
けれど…万博の理念と現実の制度のあいだで正直なところ——・・?でした。
この展示を観ながら、今の私たちが向き合っている建築基準法の現実とのギャップに、複雑な気持ちも覚えました。
【私たちが建てている木の家】
それは本来、「風が抜け」「木が動き」「人が育つ」ような、“生きた家”であるはずです。
ところが、現代の建築基準や評価制度では、
「揺れない」「動かない」「密閉された」ことが“正しい”とされる。
- 家族も、気候も、素材も変化するのに、制度は“変化しないこと”を求める
- 無垢材や自然素材の扱いは年々難しくなり、「工業化された正解」が前提となる
- サステナブルをうたいながら、30年後には解体を前提とする設計も少なくない
【自然に寄り添う展示の裏で】
自然に抗う設計が日々制度として積み重なっているようにも感じます。

夜空を自由に舞うドローンの光は、未来を照らす希望かもしれません。
けれど、私たち建築の現場には、その自由がどれほど残されているでしょうか。
【ほろ酔い瞑想】家づくりのいま、忘れている心
万博日本館の展示を思い返しながら、ふと、こんなことを考えました。
1. はじめに —— “便利”と“本質”のあいだで
いまの家づくりは、あまりに「効率」や「性能」ばかりを追い求めすぎていないか?
数字や基準が先に立ち、人の心や、素材のいのちが置き去りにされているように感じます。
2. 「柔らかくつくる」日本の知恵
昔の日本の道具や家づくりには、柔らかさと余白がありました。
- 木桶や風呂敷、和釘に見る“ゆるみ”と“動き”
- 固く固めるのではなく、「一緒に動く」ことで長持ちさせる知恵
- 「強くつくる」より「壊れにくく、付き合い続けられる」つくり方

写真は和釘の現物で弊社の事務所の展示品、載せてある板は川船の船底板
これは、建築というより、人の関係性に近い発想です。
3. 家づくりへの応用
- 無垢材や自然素材と向き合うことは、“いのち”との対話でもある
- 家族の成長、暮らしの変化に寄り添う「呼吸する家」「余白ある間取り」
- 断熱や耐震だけでなく、「心を守る」しつらえを大切にしたい
こうした家づくりが、これからの日本の気候や暮らしにこそ合っていると信じています。
4. おわりに —— 忘れてはいけない心
手をかけ、心をかけ、わざわざ足を運んでくださる人のための家。
家は、「建てたら終わり」ではなく、「育てていくもの」です。
そこに住まう人と一緒に、呼吸し、変化し、歳を重ねていくもの。
AIやドローンの技術が進んでも、
私たち人間には“人間らしい柔らかさ”が必要です。
そしてそれは、家にも、暮らしにも、静かに宿していけるものだと思います。
万博の夜風に吹かれながら、少し酔いながら、そんなことを考えていました。
音声Note bookLm もお聴きください。https://notebooklm.google.com/notebook/f6079c25-fb96-46fe-955d-0c065a688193/audio

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